今からおよそ百年も前に、石川啄木がこんな事を書いている。

「教育の真の目的は『人間』を作ることである。決して学者や、技師や、事務家や、教師や、商人や、農夫や、官吏などを作ることではない。どこまでも『人間』を作ることである。・・・・・これで沢山だ。知識を授けるなどは、真の教育の一部分に過ぎぬ。・・・・・生徒がどれか一科目でも四十点以下になると、あたかも『人間といふ資格も矢張りそれで欠けて居る』ように考え・・・・・日本の教育は、人の住まぬ美しい建築物である。別言すれば、日本の教育は教育の木乃伊(ミイラ)である」(林中書 明治三十九年 抜粋)

この、明治三十九年に書かれた論説が、今だに充分通用するのはなぜだろう。毎日のように同じことが語られているのに、いっこうに変わらないのはなぜだろ。

あたたかき飯を子に盛り 古飯に湯をかけ給ふ 母の白髪

家庭で子に盛るべきは、こんなささいな心づかいでいいのに、何でも揃えてやることに力を注いで、肝心な心づかいを忘れてはいないだろうか。 (塾長)